こんにちは、長野移住ママブロガーのやまこ母です。
ブログを始めて5ヶ月が経ちました。
ここで改めて私の自己紹介と、
伊那市に移住するまでの
ストーリーをお話ししたいと思います!
- やまこ母について知りたい人
- これから移住を考えていて、実際の移住者のストーリーを聞きたい人
- 人の人生を動かすほどの魅力が、長野県にあることを知りたい人
出身は滋賀県甲賀市
生まれは滋賀県甲賀市。
朝の連続テレビ小説「スカーレット」で
舞台になった場所です。
滋賀県は盆地で、
山はあるけれど
低い里山に囲まれている感じです。
その頃は大人になってから、こんなに山に魅了される人生になるとは思いもしませんでした。
ちなみに、やまこ父の実家は
神奈川県相模原市。
長野県伊那市はちょうど
お互いの実家の中間地点あたり。
半日もあれば余裕で帰れますが、
お互いの両親とは離れているので、
基本2人で子育てをしています。
高校を卒業してから上京
滋賀県で高校を卒業し、
行きたい学校が東京にあった為上京。
関西の人って、基本関西語圏内に
とどまることが多いんですよね。
標準語圏は、言葉が違うだけで
異国のように感じてしまって。
言葉ですごい
カルチャーショックを受けるんです。
私も当初は計画になかったのですが
行きたい学校がある為上京する事になり、
そこから気づけば18年、東京と横浜で
暮らすことになりました。
行っていた学校は新宿にある
アメリカの大学の日本校。
授業は全て英語で行われますが、
受講生はほとんど日本人なので、
クラスが終われば
日本語を話すという感じでした。
学校を卒業してからは
特別やりたい事が見つからず、
とりあえず英語を忘れないようにと、
英語を使える事務系の仕事をしていました。
何回か転職しましたが、
職場によっては
毎日終電で帰るような仕事もありました。
とりあえず平日は
仕事に時間をささげる生活でしたね。
20代後半に憧れのマチュピチュに行ったのが転機
20代後半辺りから、
以前から憧れていた南米ペルーにある
マチュピチュに行きたくなりました。
それも電車やバスで行くのではなく、
インカトレッキングという、
古代インカで使われていた
山道を3泊4日歩いて、
マチュピチュに辿り着くという
方法で行きたいと思ったのです。
そもそもこの時点では山歩きなどした事がなかったんですよね。
なぜその方法を
選びたかったのか分かりませんが、
旅をしながら自分の足で
憧れのマチュピチュに辿り着くスタイルに
無性に惹かれました。
その頃は山登りはおろか、
そもそも運動をしていなかったので、
マチュピチュに行く体力をつける為に!
山登りを始めました。
北アルプス穂高連峰の懐にある
涸沢(からさわ)に、
トレーニングで初めて行った時の
山の美しさ、楽しさは衝撃的で、
そこから山に目覚めました。
トレーニングの甲斐あって、
マチュピチュへのインカトレッキングも
無事歩ききることができました。
ちなみに…一緒に歩いた旅仲間として出会ったのがやまこ父です。
ペルーから帰国した後は、
取りつかれたように(笑)、
国内外色々な山に登り続けました。
日本は百名山を目指して
九州から北海道まで
(まだ達成まで半ばですが)、
海外もスエーデンや、ニュージーランド、
ネパールまで山歩きをしにいきました。
ストイックな山歩きから、
山好きサークルを作って、
みんなでゆるい山歩きまで。
とりあえず山が好きで好きでたまらない時期でしたね。
やまこ父とも結婚式をあげるのですが、
場所は千畳敷でした。
中央アルプスの木曽駒ケ岳の懐ですね。
標高2600m、ちなみに季節は2月、
若干吹雪いていて
マイナス15度の世界でした!
実際の結婚式の様子はこちら↓
ちなみに…やまこ父と結婚した理由は、
一緒に山に行っていて、
一番頼れる人だと思ったからです。
ゴールデンウィークに
北アルプス縦走に行った際、
吹雪の中ガイドさんも
道が分からなくなりグループ遭難か??
と思った際に皆を助けてくれたのは
なんとやまこ父でした。
今後の結婚生活で万が一、方向性を見失う事がでてきたら、原点を思い返そうと思います (笑)
山を愛してやまない日々 → 長野へ移住
国内外色々な山に行った中でも、
私は日本の、特に長野の山が大好き!
長野に移住してくる直前は
横浜に住んでいましたが、
週末はほとんど長野に通う
生活をしていました。
これは、もう住んだ方が
いいのではないかと思い始めます。
とは言え、長野県と言っても広いですよね
住む場所によって雰囲気も違うし、
見える景色も違います。
住む場所は
「開けていて、北、中央、南、
どれでもいいので、
日本アルプスが見える場所!」
という漠然としているものの、
はっきりとしたイメージがありました。
やまこ父とタイミングを合わせて退職し、
最初の移住地茅野市に移り住みました。
茅野市も本当に山が綺麗に見えて
素晴らしい場所でした。
1年半住んだ後に、私の妊娠、
やまこ父の転職が重なり、
辰野町に移住することに。
そこから、最終的には
今住んでいる伊那市に移り住みました。
実は長野県に来てから、
3回移り住んでいます。
移住は住んでみると
色々見える事も多いので、
これから移住を考えている人には、
最初からこの場所だ!
とあまり決めつけ過ぎずに、
臨機応変に対応される事を
オススメしています。
最終的に移住先を長野県の中でも
伊那市にした理由はこちら↓
今の場所は最初にイメージしていた通りの、
開けていて、ばっちり家から
南アルプスが見える場所です!
2転3転ありましたが、
居心地のいいこの場所で、
これからやまこちゃんの子育てを
楽しんでいきたいと思っています。
子育てしながらブログを書き始めた理由
長野の山に憧れて移住して、
今は毎朝南アルプスから昇る朝日を受け、
毎日がスタートしている幸せな毎日です。
あんなに恋い焦がれていた長野の山々も、
毎日眺めていられると
それだけで満たされて、
登らなくても大丈夫になりました(笑)
そもそも妊娠、出産で体力もゼロになってしまいましたが
伊那の新居でやまこちゃんも産まれて↓
しばらくは山に行きたくても行けないので、
好きな山を眺めながら子育てできる
環境というのは、本当に今の私にとって
これ以上ない
恵まれた環境だと思っています。
そんな中ブログを書こうと思った理由は、
私が今体験している事をどこかで情報として
必要としてくれている人が
いるのではないかと思ったからです。
実際移住してくる前の私にしてみたら、
こんなブログがあったら嬉しかったと思うので。
数年前の私に向けて書いている感じです。
どこかの誰かに
このブログが役にたったら
嬉しいなと思いつつ、
子育ての合間に書き溜めて
行こうと思っています。
これからもどうぞよろしくお願いします。
メディアにも取り上げられるようになりました
ブログを始めて8ヵ月目で書いた
『上伊那地域でテイクアウト
できるお店』の記事↓
なんと数回メディアで
取り上げてもらえました!
- 新聞 x2回(信濃毎日新聞、中日新聞)
- 伊那CATV x1回
- 有線市有線放送 x1回
その内、信濃毎日新聞で
取り上げられた時の記事です↓
そしてブログ11ヶ月目、
事件が起きます!
なんと山女子なら誰もが憧れる
山雑誌『ランドネ』に掲載して
もらうことができました!
これは大事件!
ということで記事にしています。↓
現在はママインフルエンサーとしてInstagramで活動中
ブログと並行して育てていたインスタグラムに
2021年11月から4ヶ月間完全集中し
フォロワー700人→1万人以上のアカウントに
成長させることができました
現在はママインフルエンサーとして
Instagramで長野の魅力を発信しつつ
Instagram講師として活動しています
大好きな発信を仕事にしたいという
一つの夢が叶いました
▼ぜひフォローしてくださいね▼
やまこ母Instagramアカウント
インスタ講師として、1day講座も企画しています
マヤ暦アドバイザーとしても活動中
約10年前にマヤ暦に出会ってから、
マヤ暦鑑定を得意としています。
マチュピチュといい、マヤ暦といい、
どうしても南米の文化に惹かれてしまうようです。
現在はマヤ暦アドバイザーとしても
お仕事をしています。
自分の強みがイマイチ分からなかったり、
お子様の子育てに悩んでいた方達から
腑に落ちたと大変喜んでいただいています。
マヤ暦鑑定のご案内はこちら↓
最後に本記事内の関連記事です。よかったら、こちらもどうぞ!